これらの悪循環を断ち切る鍵として、昨今、学術的な知見に基づいた「アドラー心理学」の組織応用が注目されています。
アドラー心理学は、単なる個人の自己啓発にとどまらず、集団の中で個人が自律し、他者と建設的な関係を築くための具体的な指針を提示しています。
本記事では、アドラー心理学の核心である「5つの基本前提」や「共同体感覚」を整理し、それらを採用や育成の現場にどう反映すべきかを解説します。心理学という抽象的な概念を、いかにして客観的なデータや仕組みとして組織へ実装し、定着率向上へ繋げるか、その具体的なプロセスについて紐解いていきましょう。
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アドラー心理学とは?
一般的にアドラー心理学は、ベストセラー書籍の影響もあり、個人の対人関係を改善するための自己啓発的な文脈で語られがちです。しかし、その本質は「個人が組織(共同体)の中でいかにして自律し、他者と協力して貢献感を得るか」を追求した心理学です。アドラーが提唱したこの理論は、学術的には「個人心理学(Individual Psychology)」と定義されています。
アドラー心理学では「誰もが幸せになれる」という前提のもと、人が幸福になるために大切な5つの理論(自己決定性・目的論・全体論・認知論・対人関係論)を展開しています。理論に裏打ちされた具体的な技法も論じているため、非常に実用的な心理学といえるでしょう。
アドラーは現代の自己啓発に影響を与えたため「自己啓発の父」とも呼ばれます。また、アドラー心理学は、現代のカウンセリングやコーチングの源流ともいわれ、ビジネスシーンにおける「対人関係の改善」や「モチベーション管理」に多大な影響を与えています。
アドラーと「個人心理学」
彼は自身の理論を「個人心理学(Individual Psychology)」と命名しました。この「Individual」という言葉は、ラテン語の「Individuum(分割できない)」を語源としており、人間を「心と体」「理性と感情」といった断片で捉えるのではなく、かけがえのない一つの統合された存在として理解する姿勢を表しています。
過去の原因ではなく「未来の目的」を重視する
対してアドラーは、人間は過去の出来事に縛られる存在ではなく、自らが定めた「未来の目的」に向かって行動を選択しているという「目的論」を提唱しました。
また、有名な精神学者のカール・グスタフ・ユングは、人間には「集合的無意識」という人類共通の深層心理があると主張しました。
ユングの「人類共通の深層心理」は心の内側の普遍性(過去と構造)を、アドラーの「未来志向・目的論」は個人の主体性と目的(未来と行動)を重視するといえるでしょう。
アドラーの「人は原因によって行動するのではなく、現在の目的によって行動している」と捉える視点は、過去の社歴や失敗に固執せず、従業員のこれからの可能性を最大化しようとする人材育成の現場において、有効な思考フレームとなりえます。
アドラー心理学「5つの基本前提」による組織変革のポイント
5つの基本前提と、組織変革のポイントをそれぞれみていきましょう。
- 自己決定性
- 目的論
- 全体論
- 認知論
- 対人関係論
自己決定性「人生の主役は自分である」
誰しも環境や過去の出来事のせいにして、未来を悲観してしまうことは少なからずあるでしょう。しかしアドラーは、人は環境や遺伝といった外的要因に翻弄されるだけの存在ではなく、どのような状況下においても、自らの意思で自らの生き方を選択できるものとして、可能性を犠牲にすることを否定しています。
自己決定性は、上司の指示を待つ受け身の姿勢から一歩進み、自ら課題を発見し、判断し、行動できる社員を育てるうえで重要なマインドセットです。
目的論「人の行動には必ず目的がある」
たとえば、仕事で失敗したときに「なぜこんなことになったんだ」と考えるのはフロイトが説く原因論であり、「どうすればより良い仕事ができるのだろう」と考え行動するのが、目的論に従ったアプローチといえるでしょう。
人間は目的に向かって生きているため、過去がどうあれ、目的次第で人生は変えられるとアドラーは主張しています。そのため、アドラー心理学は「未来志向の心理学」ともいわれます。
たとえば、部下が会議で発言をしない事象に対し、「内向的な性格だから(原因)」と決めつけるのではなく、「否定されるリスクを回避したい(目的)」と捉え直します。目的が判明すれば、発言しやすい環境や安心して意見をいえる場づくりといった建設的なアプローチが可能になるでしょう。
全体論「心と体はつながった一つのもの」
誰しも一度は、頭では理解しながらも行動がともなっていない・真逆の行動をとってしまうという場面を経験したことがあるでしょう。このとき人は、下記のように分割して考える癖があります。
- 心と体
- 理性と感情
- 意識と無意識
しかしアドラーは、人の心と体は切り離して考えられるものではなく、互いに影響し合う一つのまとまりとして捉えるべきだと考えました。たとえば、強い不安を感じるとお腹が痛くなったり、体調が悪いと気分まで落ち込んだりするように、心と体はつながっています。このように、人を部分ごとに分けるのではなく、全体として理解しようとする考え方が「全体論」です。
全体論では、理性と感情、心と身体を切り分けるのではなく、その人全体のあり方として捉えます。またアドラー心理学では、行動を単なる「原因」ではなく、その人なりの「目的」や「意味」から理解しようとします。そのため、「分かっているのにやめられない」行動も、本人にとって何らかの役割を果たしている可能性がある、と考えます。
全体論では、論理的な正論だけで部下を動かそうとするマネジメントには限界があると考えます。社員の感情面や私生活を含めた「一人の人間」としての全体像を尊重する姿勢が、真の信頼関係を構築するといえます。
認知論「誰もが主観的に物事をみている」
事実は一つであっても、その解釈は人それぞれ異なります。客観的な事実を把握するのでなく、主観的に意味付けてしまうため、ときに間違った思い込みに陥ることもあります。
誤った思い込みを防ぐには、「共通感覚」を身につけることが大切です。共通感覚とは、自分だけの思い込みや都合のよい解釈にとらわれず、他者や社会とのつながりの中で、より現実的に物事を捉える感覚をいいます。そのためには、考えを何でも疑うというより、自分の受け止め方が偏っていないかを見直し、より建設的で現実的な見方に整えていくことが大切です。
採用面接において、面接官が自分の成功体験や個人の価値観のみで候補者を評価すると、本来の資質を見誤るリスクが高まります。客観的なデータに基づき、評価のバイアスを排除する仕組みが必要不可欠です。
「誤った思い込み」を客観的に測定してコントロールする術を従業員に身に着けてもらうために有効な手段のひとつが、ミイダスの「バイアス診断ゲーム」です。バイアス診断ゲームを活用すると、認知バイアスの傾向や強さを客観的に分析できます。
認知バイアスとは、先入観や直感に頼って非合理な判断をしてしまう心理傾向をいいます。認知バイアスの傾向を把握できれば、誤った思い込みに左右されそうなシーンにおいても、冷静に自分の意思決定を見つめ直せるようになるでしょう。
関連ページ:意思決定の質を高め、生産性を向上させるバイアス診断ゲーム
対人関係論「すべての悩みは対人関係である」
人は、状況や相手との関係の中で、その人なりの目的や意味に沿った行動をとります。アドラー心理学では、その人を理解するために、他人との関わり方や、くり返し表れる行動のパターンに注目します。
相手の考えが分からないときも、「どのような場面で、どんなふるまいをしやすいのか」を見ることで、その人らしい考え方や対人関係のスタイルを理解する手がかりが得られる、と考えるのです。
離職の背景には、職場の人間関係が深く関係していることが、多くの調査で明らかになっています。こうした課題を個人の性格の問題として片付けるのではなく、組織全体のコミュニケーション構造の課題として捉えることが重要です。対人関係論は、その視点を支える考え方の一つです。
組織の定着率を左右するアドラー心理学の「共同体感覚」
共同体感覚とはなにかと、共同体感覚を育てるための技法としての「勇気づけ」「課題の分離」について人事領域の側面から解説します。それらを踏まえて、アドラー心理学の全体像もまとめてみてみましょう。
- 最終的な到達点「共同体感覚」
- 共同体感覚を育てる技法(1)「勇気づけ」
- 共同体感覚を育てる技法(2)「課題の分離」
- 上記3点を踏まえた「アドラー心理学の全体像」
最終的な到達点「共同体感覚」——組織における「居場所」と「貢献」
- 自己受容: できない部分も含めて、今の自分をそのまま受け止めること
- 他者信頼: 他者を敵ではなく仲間として捉え、関係を築こうとすること
- 他者貢献: 自分が誰かや共同体の役に立っていると感じること
共同体感覚を持っている人は、関わる人を尊敬し、積極的に「貢献しよう」「協力しよう」という意識で動くことができます。ビジネスパーソンとして成長していくためにも重要な感覚といえます。
また、従業員が「この会社は自分を必要としてくれている」「自分はチームに貢献できている」と感じられることは、組織への定着や離職意図の低下につながる重要な要因の一つといえるでしょう。
共同体感覚を育てる技法(1):「勇気づけ」による自律型人材の育成
多くの職場で行われている「褒める」という行為は、実はアドラー心理学では推奨されません。評価者が被評価者をジャッジする上下関係を前提としているからです。
対して「勇気づけ」は、対等な横の関係に基づき、相手の努力や成長の可能性に目を向け、困難を乗り越える力を支えるアプローチです。結果だけでなくプロセスに注目し、感謝や共感を伝える姿勢が、社員の自己効力感や主体性を高めます。
勇気づけには、相互に尊敬・信頼しようとする姿勢が欠かせません。相手の存在や行動をまず受け入れ、相手がすでに貢献していることやできていることに注目して声をかけましょう。
共同体感覚を育てる技法(2):「課題の分離」による健全な人間関係の構築
たとえば、指示を聞かない部下に上司が不満を感じている場合をイメージして考えてみましょう。上司の課題は、考え方や仕事の目的、期待を明確に伝え、必要な支援や働きかけを行うことです。一方で、それをどう受け止め、実際に行動するかは部下の課題です。
上司は部下の感情や選択そのものをコントロールできません。部下の感情は部下のものです。コントロールできるのは、上司自身の振る舞いにあるといえますので、以下のような取り組みを実践するとよいでしょう。
- 期待する行動や目的をわかりやすく伝える
- 部下が取り組みやすい進め方を一緒に考える
- 部下へのフィードバックの方法を見直す
私たちは境界を越えて相手をコントロールしようとしてしまうがゆえに、人間関係のトラブルを生じさせてしまうことがあります。自分がコントロールできるものと、コントロールできないものを分けることで、より健全な人間関係を築けるでしょう。
アドラー心理学の全体像
アドラー心理学は技法・理論・価値観の3つの柱で構成されています。
アドラー心理学が最終的に目指すのは「共同体感覚」を養うことです。共同体感覚を養うために必要な「理論」を5つの基本前提にまとめ、理論に沿って人を援助する具体的なテクニックとして「勇気づけ」という技法を提唱しているのです。
<アドラー心理学の全体構成イメージ>

組織にアドラー心理学を取り入れるメリット・デメリット
<アドラー心理学を職場に取り入れた場合の期待効果の例>
| 効果 | 期待効果の具体例 |
|---|---|
| ポジティブな行動変容 | ・「目的論」や「自己決定性」、困難を克服する「勇気づけ」や「課題の分離」により過去や他者にとらわれすぎず、自分にできる行動に目を向ける姿勢を育てる |
| モチベーションの向上 | ・「勇気づけ」を踏まえたコミュニケーションにより従業員の安心感につながり、仕事へのモチベーションを向上する |
| 主体的なスキルアップの促進 | ・「自己決定論」に基づいた自律性を尊重する関わりや環境づくりによって、学習意欲や成長意欲が高まりやすくなる |
| 課題解決能力の向上 | ・「課題の分離」により、自分ではコントロールできないことを調整しようとせず、自分で働きかけられることに集中するため、リソースを適切に使って課題解決できるようになる |
| 当事者意識の醸成 | ・「自己決定性」を前提とすることで、仕事の結果は自分自身の選択と決定によるものである認識が強まり、責任感が高まる |
<導入や実践がうまく進まないケースの例>
| 導入や実践がうまく進まないケース | デメリット |
|---|---|
| 導入や実践に対する抵抗がある場合 | ・これまでの仕事の進め方や組織文化を変えることに抵抗が強いと、アドラー心理学の考え方が浸透しにくい ・成功体験や一部のうまくいった事例だけを重視すると、現場に必要な見直しが進まず、表面的な導入にとどまりやすい |
| 「自己決定性」「課題の分離」の誤った解釈をしている場合 | ・「自己決定性」「課題の分離」を誤って解釈し、本来責任を持つべき仕事を自分の課題ではないと捉えて放棄する |
| アドラー心理学の考え方に反発する場合 | ・考え方を会社に強いられていると捉えて反発する ・自己評価が高く、アドラー心理学を実践する必要はないと考えてしまう |
デメリットが発生しうるケースへの対策:「バイアス」を知ろう
関連記事:バイアスとは?ビジネスでの意味や種類・企業に与える影響について解説【図解あり】
組織としてアドラー心理学を実践して成果を出すには、社員一人ひとりがバイアスと向き合っていくことも不可欠です。そこでおすすめの方法のひとつが、ツールを活用して客観的かつ効率的に自分のバイアスを把握する取り組みです。
たとえばミイダスが提供する「バイアス診断ゲーム」なら、社員全員のバイアスを調べて分析できるだけでなく、バイアスをどうコントロールすべきなのかアドバイスも受けられます。
アドラー心理学は万能ではありません。あくまで考え方の1つであること、他の考えやルールとバランスを取りながらアドラー心理学を実践していくことが大切です。
関連ページ:意思決定の質を高め、生産性を向上させるバイアス診断ゲーム
アドラー心理学を「仕組み」で組織に取り入れる実践方法
とくに中小企業において安定した組織運営を行うためには、個人の能力に依存せず、データを共通言語として活用する仕組みが必要です。
人事領域において、ミイダスの機能を活用して仕組みとして取り入れる方法を紹介します。
- 採用シーン:「認知の歪み」を排除した、主観に頼らない採用の仕組み化
- 組織マネジメント:データに基づいた「勇気づけ」のパーソナライズ化
- 離職防止:「組織サーベイ」で共同体感覚の欠如を検知する仕組み化
採用シーン:「認知の歪み」を排除した、主観に頼らない採用の仕組み化
採用シーンにおいては、面接の際に「自分に似ているから優秀に違いない」などのバイアスが生じることは、少なからずあるでしょう。
下記はバイアスの影響を排除し、主観に頼らない採用を実現する方法の例です。
ミイダスの「バイアス診断ゲーム」を活用すれば、面接官自身が自らの認知の癖を自覚できます。さらに、「コンピテンシー診断(特性診断)」によって候補者の行動特性を数値化すれば、主観に頼らない「客観的なマッチング」が可能となります。
関連ページ:意思決定の質を高め、生産性を向上させるバイアス診断ゲーム
組織マネジメント:データに基づいた「勇気づけ」のパーソナライズ化
ある従業員には「成果への賞賛」が響く一方で、別の従業員には「チームへの配慮に対する感謝」が響くといった差異が存在するためです。
ミイダス「コンピテンシー診断(特性診断)」を活用して各従業員のコンピテンシー(行動特性)を把握すれば、上司は相手の特性に合わせてパーソナライズしたうえで、最適な「勇気づけ」を選択できます。これにより、コミュニケーションのミスマッチを防ぎ、信頼関係の構築を加速させます。
離職防止:「組織サーベイ」で共同体感覚の欠如を検知する仕組み化
部下全員と1on1を頻度高く実施して従業員の状態を把握する取り組みは、管理者にとって負荷が高くなりがちです。また、メンバーそれぞれの共同体感覚がどのような状態にあるかについても、管理者それぞれの捉え方によっては差が生じる可能性もあります。
効率的に組織の状態を把握するためには、データで可視化できるアセスメントツールの活用が有効です。
ミイダスの「組織サーベイ」は、目に見えない組織のコンディションを定期的に可視化します。共同体感覚の欠如が数値として現れた段階で早期にフォローアップを行えば、手遅れになる前の離職防止策を講じられます。
まとめ:データで支える科学的な「アドラー流人事施策」を実践しよう
求められる視点は、アドラーの思想を組織の文化として定着させるための「インフラ(仕組み)」を整える姿勢です。
客観的な人材データを活用し、誰もが「勇気づけ」を行い、誰もが「共同体感覚」を持てる環境を構築する——これこそが、人材不足に悩む中小企業が取るべき、最も合理的かつ温かみのある戦略といえるでしょう。
自社の組織が現在、どのような状態にあるのか、まずは、データを通じて社員一人ひとりの特性と向き合うことから始めてみてください。
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アドラー心理学に関するよくある質問
- Q
アドラー心理学とは?
- A
アドラー心理学とは、オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)が提唱した心理学のことです。
アドラー心理学の本質は「個人が組織(共同体)の中でいかにして自律し、他者と協力して貢献感を得るか」を追求しており、アドラーが提唱したこの理論は、学術的には「個人心理学(Individual Psychology)」と定義されています。 - Q
アドラー心理学が目指すものは?
- A
アドラー心理学が最終的に目指すのは「共同体感覚」を養うことです。
アドラー心理学は技法・理論・価値観の3つの柱で構成されており、「共同体感覚」を養うために必要な「理論(5つの基本前提)」にまとめ、具体的なテクニックとして「技法(勇気づけ、課題の分離など)」を提唱しています。

東京大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座所属/心理学博士・臨床心理士・公認心理師
早稲田大学文学部心理学専攻卒業、筑波大学大学院人間総合科学研究科発達臨床心理学分野博士課程修了。専門は、産業精神保健(職場のメンタルヘルス)であり、業種や企業規模を問わず、ストレスチェック制度や復職支援制度などのメンタルヘルス対策・制度の設計、職場環境改善・組織活性化ワークショップ、経営層・管理職・従業員それぞれに向けたメンタルヘルスに関する講演や執筆活動を行う。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)、『モチベーションの問題地図』(技術評論社)など。
※本記事は2026年4月(監修時期)現在の内容に基づいて記載されたものです。






